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ちょっと恥ずかしい過去の脳内会話〜旅編6〜

■大地の芸術祭/旅日記■DATE2006/09/06〜09

「 大 地 の 芸 術 祭 」

越後妻有アートトリエンナーレ2006
えちごつまりあーととりえんなーれ 

新潟、十日町周辺を舞台に、
世界各国からアーティストが集結しての
アートフィールドワーク

そのメインは

……インスタレーション……Instaration…
場所との会話

「場所の特異性」の中に、アートの花を咲かせる
というイベントが、3年ごとに開かれている。

今回はその3回目。
会期は50日に及ぶ。 
作品の数は330あまり。
それが、越後妻有の広大な地域に展開する。
次回は(開催も危ぶまれているが)2009年、
そして、その次は2012年になる…… 



大地の芸術祭 アートトリエンナーレ2006


9月6日 雨 

朝、池袋の東急ハンズの前で友人のやすえさんを待つ。 
アミーゴ小池という人のイラストの前で佇む。 
  アミーゴ。。。。 
  アミーゴ〜〜〜〜〜ォ!!!(意味不明)

彼女と合流したとたん、最近あったことを、どとーのごとく、二人でしゃべり出す。彼女は、最近行っていたワークの中の「ラポール」のことを話し、私は前日のスピな茶話会の話しを。お互いに気付き合ったことを、途切れ無く喋りまくる。バスはいつの間にか六日町着。3時間あまりが、あっといまに過ぎていった。
六日町の高速のバス停から、JR六日町駅まで歩く。結構な道のり。雨の中、人影もない田舎道(でも車だけは通る)を歩く間も、しゃべる、しゃべる。一体、こんなに話題があるものか、というくらいだ。道ばたに生える朝顔さえも、
話の肴になった。
今となっちゃあ、何をどう喋ったのかよく覚えてないが、
なんだか濃い内容だったという記憶だけはある。 

昼食の時間はとっくに過ぎている
空腹を満たす為、地元ぽーっい、カレー屋さんに入る
(駅前にこのお店一件だけ。他の選択肢はない!)
インド人の経営しているらしい、でも、えらく地元に染まっている感じのお店で、豆のカレーを食す(メニューにナンが〜こんなローカルな地でぇ?←信じ込み)

テーブルに、造花と生花を一緒に水にさしてある飾りを観て、そのどうでもいい加減というか奔放さというかでたらめさというか無意味さについてまたもや
ながなが〜っっと、どうでもいい感じで喋る 

造花と生花を一緒に、それも水にさしてある、この無意味という意味のインテリアに、今回の旅の全てが象徴されているような感じだった… 
ひとしきり、その造花と生花のことでしゃべりまくり、
そして、ほくほく線に乗り、六日町から十日町へ。 

「ほくほく線」は、ローカルな香りを放ちつつも新品の車両で、車内はイベント用に工夫をされており、旅の気分が盛り上がる。 どうやら、車内の天井に星空などの映像を映し出すようになっているらしい。見る事はできなかったけれども、旅人へのアピール満載の2両編成だった。

われらの話は、車両の事も含めて、あちこちにとっちらかって飛ぶ 

オトコの話、オンナの話。 

男は優しく、女は強い。 

今はそれがぐちゃぐちゃになっている時代。
そんな話だったか。 
やすえさんのチャネリングが入りーの、私のビジョンが入りーのの会話が、
一体どこへ向かうのか………あてどのない旅でもあるかのような、不思議な旅の始まりだった。 


十日町着後、すぐに、会場のひとつ、「キナーレ」という 名の
『越後妻有交流館』というところへ行く。 

不慣れな場所に、雨
なかなか辿り着けない。 
なんだか、二度も立正佼成会のキレイな建物に惑わされ、
「これもなんか意味があるのかねえ」なんて話しながら
やっとキナーレ着

「キナーレ?きなされ?なんだろうね?」
気を流す、気が流れる……

意味は解らないが、こちらの受け取る意味は勝手気ままで、
命名者の意図などはどこ吹く風。 

芸術祭のパスポートは、スタンプラリーよろしくハンコ集めを楽しめるようになっていて、作品ごとにスタンプを押しまくる。 後日知ったけど、300あまり在る作品のスタンプを全部押すと、2006の文字が浮かび上がるようになっているらしい。 

こんな遊びも楽しくて、帰宅後も気分が盛り上がりまくったわたしなのだった…


------------------
夕方が迫って来るが、雨の弱まる気配も無く、館内で一通り作品を見回っても雨は止まない。
そろそろ宿へ向かうことにする。

館内にあった作品や、雨が降る風景、
それぞれに心打たれるなにかがあって、
そのたびに、その感覚をシェアしあう。 
…旅は道連れとは、よくいったものだ。。。。。 

宿に着く。素泊まり4200円(わー安い♪)
夕食を取りに、再び雨の中へ。 
やすえさんが見つけた、エスニック料理のお店に行く。
まず乾杯。 

十日町、10の数字をよく見かけた旅だった。 
なんか意味ありげ。 
解ったとこは、十は、クロス。十字。縦の棒、横の棒。
クロスオーバーする接点に、私たちは居た。
お互いの情報をシェアする。クロスする。 
すると、新しい気付きが生まれる。 
芸術祭もクロスオーバー。 
人のクロスオーバー。 
情報のクロスオーバー。 
自然と人のクロスオーバー。 
作品と人のクロスオーバー。 
感情のクロスオーバー。 
男と女のクロスオーバー…… 
優しさと逞しさの 
大地と空の 
美と心の…
 

十日町には、そんな意味があったのか…


新潟は酒処! 
酒で緩みつつ、話はまだ止まらない。
酒が旨いということは、水がいい、ということだ
そうか、水がいいのか… 
新潟の人の優しさは、水から来ているのか…
そんな気付きもあった。 

初日からこんな感じで、宴会気分。 
明日の朝食を仕入れなければ、と、コンビニまで歩いたのだが。
これが、都会人からしたら、信じられないほど遠い! 
15分は歩いたか。それも雨の中。 
でも、その間も会話が途切れない。 
ああだこおだ、それだ、いやこれだ。。。

作品を結ぶレイライン、そんなものが存在しそうだ。
作品が接点となって、人と自然を結ぶ 
そんなレイライン。
 
雨の中を歩きながら、そんなことを思う初日夜。

宿に帰ったら、もう風呂って時間じゃないよなーと、思ったら
ちゃんと宿の人は、お湯も落とさずに、待っていてくれた。殆ど時間外手数料。 
うーん、やさすぃ。 
なんともいえない気遣いを感じる。
  …例えば濡れた傘。 
ふと玄関を見ると、私たちの傘が開いて干してある。
そして、次の日の朝にはちゃんとつぼめて傘立てに。 
干してあるのを見かけなかったら、宿の人の気遣いも解らなかったはずだけど。
それに気付かせてくれた存在がいるのだ、きっと。。ホラホラ、こんな気遣いをしてくれたよ。っと囁く存在が。

そんなこんなを感じつつ、二日目。 
バスツアー。 
何しろ作品の量が多くて、範囲も広い。
足が無い事には廻り切る事も出来ないので、バスツアーを申し込んだ。 
北回り、南回り、全部で4コース。 
作品全部とは行かないけど、7割くらいは見る事が出来る。

雨の中、いざ。 

最初に見た作品は「えな」=胞衣=

土壁と、石、震災にあった建物の廃材を利用しているという。
作品制作は雨のために難航し、開幕に間に合わなかったという話だ。
でも、完成後は人気の作品になって、多くの人が訪れている。


それはまさしく、えな、=胎盤=… 
人の生まれる処。
宇宙のえな。 
インフィニティフルーツ…それは「えな」だった。。。



(「インフィニティフルーツ」は、
  この年の5月にふたりで開いた作品展のタイトル。
  「永遠の果実」
  それは、宇宙を孕む果実。今回の旅に妙にしっくりと添う。)


大地は、人間の「えな」というコンセプトだろうか。
人が胎児のように大地にくるまれ育まれ変容の時を迎えている今。。。
意味深い。人間は大地から離れては生きて行けない 
大地の芸術祭の最初に見る作品が、えな、とは。 

人間 

大地 

えな …


そこから生まれるもの
未来?なんだろう…? 
こんなにも大地の事を教えてくれている、この芸術祭とは?
あまりの深さにくらくらしながら、また会話が始まる。 
そこに暮らし、行き、息、繋げて行くもの。 


えな

えな えな作品名「えな」古郡弘



うぶすな作品名「うぶすな」 
古民家を改造して展示館にしている

うぶすな…産土 

大地と密着している人間という存在を
考え直すような、そんなメッセージ 

大地から学ぶものはなんだろうか 
そのメッセージはどんな言葉だろうか
どんな響きで、わたしたちの心に迫って来るのだろうか
わたしたちは謙虚さを取り戻せるのだろうか


しょっぱなからこんな感じで
様々な場所から放たれるメッセージに五感が反応
自分のエッセンスと化学反応を起こしていた。
感じた事が交差クロスオーバーし、変容していく。。。 

そうだ、この日は、雨と雨の隙間にひらひらと舞う蝶を見た。 
ファインダー越しに、花の蜜を吸う蝶を見つめる。 
蝶、変容。 
全ての出来事がメッセージを持って私たちに語りかけている 




雨もまた、そのメッセージのひとつ。
大地に降り注ぐ雨は、やさしさ。 
やさしさは、男性のもつもの。 
それを受け止める大地、女性。 
そして生まれるものは? 


やさしく降り注ぐ雨に、大地が反応して、生み出される祈り



傍らを歩くやすえさんと、男性性と女性性について語り合った。
いや、今回は『おとこ』について語り合ったことが多かっただろうか。
宿に帰ってニュースを見たら、天皇家に男児出産のニュース。 
二人でそのニュースに反応して
「オトコ、テーマ来てるねえ」なんて話したかな。 

そして、…大地は女性で竜体…、って突然の認識。 
竜の身体から生まれ、それを忘れ果てた人間。。。。。。 



それからの秋の夜長の宿の部屋、ふたり向き合い、瞑想をした。
したら、出るわ出るわ。
数々の作品が次から次へと。
さまざまなインスタレーション、さまざまなビジョンが、越後の場から生まれる。 


---------
産まれる。 
えな。 
交差。 
繋がりそうもないものが繋がって行く
その不思議 
おまけに満月 
そして、月のものまでいらっしゃって
もりだくさん!!!!!!!!!!。。。。


そうだ。 


男女の恋愛はアートだ… 

愛し合う事がアート 




そんな気付きもあった。 
そうなんだよ。
オトコとオンナの愛の形がアートで。
愛がこういう形になっちゃったりしたもの

こんな風に表現されちゃったもの

こんな角度や色になっちゃったもの

こんな隙間やこんな厚みやこんな大きさに

こんな反射こんなぎざぎざこんな広さ重さ

こんなこんなこんなこんな…(リピート100回)






「あっ!!!!!!!!!!」という間に三日目。 
晴天。ピーカン。空が抜けている。青。 
暑い。 
雨から晴れへの転換

見えるものが変化する 陰影が 奥行きが 色が

これも宇宙からの贈り物だ。

今日は南回りのバスツアー。
ボランティアの「こへび隊」のおねいさんがガイドを してくれる。 

この『こへび』という命名の意味が、また泣かせてくれる。
ボランティアということで、現地入りして、地元の人に拒否され。地元に根付く為に、「こへび」という名前にしたいきさつ。 
大地の芸術祭のシンボルマークが、蛇の脱皮しているところだったので、脱皮をする前の蛇、これから 
 「成長」 
していく途中のへび、ということで
 「こへび」 
学生などの、若い人たちが、地元の人との架け橋になった。
涙無くしては語れない苦労があったようだ。 

地元の人に拒否され、それをのりこえて繋げた。 

新潟は、地震の被害もあり、芸術どころではなかったろうに。

都市部の下支えになり、災害にあい、雪に覆われ。 

その人たちを説得して、芸術などというわけのわからないものに繋げた、コヘビ達。
それは、人を繋げ、自然を繋げ、地域を繋げた。 


中には、地元の権力者に厭まれた作品もあった。 
トンボが縦になっている作品。 
それを見た地元の有力者が 
「とんぼは縦に飛ばない。こんな教育に悪いものは、自分が議員になったら取り除く!」と豪語された作品だった。 
それ以来、その作品は 
「『教育に悪いトンボ』として有名になりました」
と、ガイドのコヘビ隊の人が語った。 
うわ〜ん、なんてゆーかもー、ありがとー 
ってわけわかんないけど、ありがとー 
それが、この、大地の芸術祭そのものだっっって 感じた。

意味や、頭で考えたものではない、人の感覚や 
感動に訴えるもの、お金で計る事はもちろん、 
理論や理屈でなく感じるものが、その中にある。 


  ぶらぼー、アミーゴ!!!! 

  宇宙に感謝。 

これ以上無いほどのサプライズな贈り物。
意味なんていらない。 
そこに感動があるだけ。 

それも 

「インスタレーション」

その場所に行って、その臨場感を味あわなければ わからない、アート。 

なんて、素晴らしいものをくれたのだろう。
この、大地の芸術祭は。。。。。。。。。。。。。。



----------------------------- 

温泉地の松之山エリア
作品番号329

廃校をフィールドにして 『人間の不在』をテーマにした
インスタレーションは、 死と生を体感させてくれた 

クリスチャン・ボルタンスキー 
  + 
ジャン・カルマン

「最後の教室」 

明るい日差しの中から、暗い屋内へ入る。
目が慣れず、おぼろな光と何かの匂いが……

これは…??? そうだ「わらの匂い」だ…… 

敷き詰められたわらと、宙に浮かぶいくつもの電球。
扇風機が何台も、誰もいない空間に風を送っている。 

風。沈黙。闇。わらの匂い。
そこは廃校の体育館 
拾い屋内に、ただ、わらの匂いと電球と扇風機。。。。

体育館の奥へ、闇の奥へ足を踏み入れて行くと、階段がある。
一段一段登って行くと、心臓の脈動音が聞こえて来る。 
音に近づくにつれ、どんどん音は大きくなり、しまいには 
闇と脈動音だけになる。 

どくん どくん どくん どくん どくん 

心臓の音の主はいない。 

ただ、闇の中に音だけがある。 


やすえさんが 
「胎児の心音って、こんなだよ」…
ささやくように教えてくれた。 


さらに闇の中を辿って行くと、廊下の壁に
額がずらりと並んでいる。 
額の中は真っ黒で、何も無い。 
闇の中に闇の額。 

そして白い布と冷たい蛍光灯のあかり

人間の不在。 

かつてにぎやかだった学校の死。

   …エピタフ… 

暗闇の中に居ると 
どこまでが自分の闇で 
どこからが外の闇なのか 
その区別がどんどん曖昧になっていく
いつの間にか深く内省している自分に気が付く… 


額の中の闇に目を凝らして 
何かを見ようとしてみると 
そこにあるのは自分の闇だった 

闇は行き止まりで 
もと来た道を辿り 
建物から明るい日差しの外へ

入る時に闇に目がくらんだように
外の光にも目がくらむ

それは生と死の次元の境だった 

その境の向こうの闇は

死の次元

境のこちら側の光は

生の次元


死から生へ循環する命 

その象徴する「何か」に、アートが橋を架けて肉迫し
ここに居るわたしたちに実感をさせてくれる



廊下

DSC00214.JPG














教室 

教室作品名「最後の教室」
クリスチャン・ボルタンスキー +ジャン・カルマン


というわけで、三日目も暮れて行く。 
この晩は、宿の予約を取っておらず、行き当たりばったり、なるようにしかならん!ガイド、スピリット、その他エンジェル、よろしくオネガイ的、なぁ〜んにもしない委ね系宇宙におまかせぶっつけ本番だった(何かの流れに乗っているような感覚があったので、納得して任せてみていたのだ)土曜日の直前というのに、奇跡的に宿が取れた。

松之山温泉に一泊。 

源泉〜〜〜〜♪ 

ゆるゆるになった心を、さらに暖めてもらう。
源泉、自炊の宿(激安) 
宿の人に、空きがあったのは幸運とまで言われて、
ガイドに感謝。目を星にして手を合わせる←少女漫画っぽく 

大地の芸術祭を堪能して、さらに温泉だもん。これ以上の幸せはない。

そのあたりのいきさつは、やすえさんのご先祖さんにも感謝でした。新潟にご縁のあったおじいさまがいらっしゃった宿が、近くにあったようで、「このあたり、このあたり…」という感じで、辿り着いたのでした。

ゆったりまったり、温泉に浸かって、美味しいご飯も食べて。 
近くに、「マリア観音」という、隠れキリシタンが崇めた観音さまもあって、それを拝み、さらに増して行く理解の嵐。 

気付きの中には、すれ違いそうになるものも含みつつ、それはまた新しい気付きを生む「えな」になり、未来へと繋がって行くひとしずくとなり。

様々な出会いと、わかちあうこと、ひらめき、混じり合い、流れて行く先を信じて、今ここに帰って来て、そしてまた思い。 


----------------------------- 

すすきの道
すすきが初秋の風に揺れる様は、何とも言えず優しく 

  …アイシテル… 

とささやいているようで 
いまここに存在していることを、全て受け入れてもらっているような優しさに、おもわずこれにも涙。。。。。 

地元の人の優しさに触れ、道に迷う事の多かった旅も、つつがなく過ぎて行きました。

旅の間は、作品を見て回っているらしい一人旅の息づかいもちらほらと見かけ、それぞれに大地を受け取っているのだな、という、目に見えない繋がりも感じられ、深く感動。

どれもこれも、あるもの全てに感謝を捧げたくなるような、
委ねて行く勇気と信頼を新たにするような 
新潟の旅でした。。。。。。。 


帰宅してから調べてみると、見ていない作品もいっぱい。
常設として残っているものを 
順番に見て行こうと心に決めました。

さて 

再訪する新潟は 

どんな風景を見せてくれるでしょうか …


----------------------------- 
インスタレーション 
(Installation art) 

ある特定の室内や屋外など、場所や空間全体を作品として体験させる芸術。空間全体が作品であるため、われわれ鑑賞者は一点一点の作品を「鑑賞」するというより、作品に全身を囲まれて空間全体を「体験」することになる。鑑賞者がその空間を体験(見たり、聞いたり、感じたり、考えたり)する方法をどのように変化させるかを要点とする芸術手法である。







こころの花 作品名「こころの花」
アーティストと地域の人が一緒に3万本のビーズの花を作り上げた。
地元の人に愛されている作品。


鏡の家 鏡の家

鏡の家作品名「再構築」行武治美


 作品名「グリーンヴィラ」たほりつこ

山中堤 山中堤作品名「山中堤 スパイラルワーク」戸高千世子

作品名「夢の家」マリーナ・アブラモヴィッチ

 作品名「」炭のオブジェ


 
作品名「白い風…光の茶室」黒田泰蔵

 



 作品名「ソイルライブラリープロジェクト」栗田宏一
ひとつひとつ盛られているのは、土。固有の色を持った様々な土地の土たち


 

 

 

 


作品名「棚田」イリヤ&エミリア・カバコフ(松代農舞台より) 


2009年 旅行記 → 大地の芸術祭09の旅〜1〜 



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