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ちょっと恥ずかしい過去の脳内会話〜2003/07/00

■日々想ふまま徒然日記 1■

自己を規定するものは何か?
それは他人の中に在るのか?それとも
己れの中に見いだすものか?
孤独とは何か?
人にくだされる価値とは誰が決めるのか?
彼は黙し、おのれに課せられた孤独を考え続ける。
孤独が教える言葉以外の世界を想う。
言葉では表せない領域の果て。
地平にかかるうっすらとした霧の様な……


 
◆あるエコな日−DATE 03/07/00


現代は、大量生産、大量消費という、アメリカ型の消費サイクルに世界中が飲み込まれつつある時代だ。(それがグローバリズムだってんなら、唾を吐いてやる)
私もそういう経済の中で四苦八苦をしてきて、価値観を見失い、自分もただ消費される部品のひとつのように感じて、苦しんだ。
人間はメディア(媒体)だ、と、養老孟司が言っておられた。人間は設定され、情報が印字され、書き替えられ、移動され、削除され、流れ流れてまた空の海に還っていく。そんな渦に飲み込まれて自分を見失ったら、どうしたらいい?


2003年、雑誌[SWITCH]6月号に、ゲイリー・スナイダーという60年代70年代ヒッピームーブメントの知的ヒーローとして影響を与え、今に至るまで影響を与え続けているという「詩人」「文学者」「思想家」「東洋思想の研究家」「環境保護の活動家」と、様々な顔を見せる人のインタビュー記事が載っていた。

内容は、今のグローバリズムの対局にあるような 【地域】についての話だった。
ここに記事の全部を載せたいくらい「目から鱗が一ダース」な内容だけど、そうもいかないので、はしょると「自然における場所の感覚」の認識といえるかもれいない。。。。。
『こうでなければ世界が立ち行かなくなる』というリアリティの上で【環境保護】を考える。環境保護と言ってぴんとこなければ、地域性を考える と言ってもいい。



以前、「日本の建築は夏を旨とすべし」という建築思想があるのを知った。日本は高温多湿、夏の湿気をうまく調整できる建築が日本の風土にあったいい建築である、と。


風土にならう

自然にならう

地域性にならう

環境にならう


地域にならうことが、経済を考えるうえでも一番効率的なことなのだ、とインタビューは続く。
沖縄で一時、シェルターのようなコンクリートの住宅が主流になったけれど、これは、台風には強いが、高温と湿度、強い日差しに対応していないために、エアコンをフル可動させないとだめ、という結果的にはすごく 経済効率の悪い建築でしかなかったと云う。

それに比べ、沖縄にもともとある住居は、地域に「添った」もので、微妙な風を通し、強い風を防ぐ、というものだったらしい。『地域に添う』=地球に添うということは即ち経済効率もいいというとても納得できるお話だった。 


日本という行政的な区分ではなく、地球の中での 緯度と経度が作る環境、それが<文化>を作り、そこに住む人間の思想や感情、生活習慣、ひいては宗教感を育んでいく。

(さらに踏み込めば、太陽と地球の距離、角度、惑星・恒星の大きさ、密度という様々な要素をも含んで【環境】というものが成り立っているかが観得てくる…)

そんな『当たり前』のことを、どうしてみんな見失ってしまったのだろうか。


地域から…大地から…地球から切り離された人間は、自分の立っている場所が消えて、ひいては体との結びつきも消え、残っている印字された情報だけの存在になって、壊れていく


インタビューは続く。「スパン」ということ。
どれだけ長いスパンで物事が考えられるか。

今あるグローバリズムは『目先数メートル』くらいしか見えてないってことがよく分かる(欲に目が『眩む』とはいったものだ…)。それが自然を汚し、やがては人間の住む場所が失われていくということに繋がっている。目先の事しか見えていなければ、そんなことも分からなくなってしまう......

(仏教で言ったら大欲と小欲ってところ?…『大欲は無欲のごとし』兼好法師)



で、この記事に前後する様にして、私はあるお家の見学会にうかがった。
この家のテーマは「日本の伝統民家」
これがまたウロコが二ダースは落ちたか、って見学会だった。

日本の伝統民家の建築方法の家で、家主の説明を受けつつ、「ウンウンウン……」と、相槌が激しくなっていく。

単純明快な作り。『壁』があって『屋根』があるだけ。
一階と二階の間は板一枚。極シンプル
それでいて、日本の風土に合っている。
風に強く、地震に強く、湿気にも、高温にも強い。
日本の風土が育てた伝統建築。

すごい.......................................

土壁の説明を受けた。
土壁は呼吸する。
なので、換気の必要がない。
窓を開けるのは、四季のうちの夏だけだそうだ。それ以外は閉めておいても換気される。墨のように空気を浄化する効果もあるらしい。


内部の構造は、「筋かい」という鉄筋の剛構造の思想を使わない。揺らせて力を逃がす、【柔構造】

地域に密着しているということは、建築材料も国内で賄う。
輸送の無駄なエネルギーを使わない。
気候に馴染んで育った建築木材は、それだけ風土に馴染んで耐久性も優れる、どれもこれも。
衣食住の根底から、地域を考えなおすことを始めてもいい時期に来ているようだ。



そしてこれまた、そういう流れの中に前後して、知合った人が 私に【麻】の素晴らしさを教えてくれたりしたものだから。。。。。。一気に、私の中でエコブームが巻き起こり、麻というエコ素材にもすっかりやられてしまった。
おまけにその人が、オーガニックな野菜作りの話などしてくれ、その内容にも納得納得納得×100くらいの勢いで、否が応でも地域性ということで思考が盛り上がる。


「衣食住」と簡単に言うが、これは人間の基本中の基本、基盤だ。


たべもの、これはどこで採れてどういう調理をされて目の前にあるのか。

採れた場所の環境はどうだろうか、山がある、川がある、風は吹いているか、天気は?

調理をした人はどういう人か。
いらいらしているか、楽しんでいるか、怒っているか、愛情を込めているか込めていないか。



私の体は、たべものの、そういう要素も全部入って出来ている。
日々の食物を食べて、その栄養分で体が出来ている。そうやって、色々な要素で出来上がっている体で、こうして書くことが出来て、歩くことが出来て、見て、聞いて、感じて……

自然の気を十分に取り入れている野菜はとってもおいしい、という話もしてもらった。
そういう野菜を作っている人の話も聞いた。全てが繋がっている。衣食住が教えてくれる。自然が教えてくれる。空が、風が、水が、お日さまが、季節が

仏教の『縁起説』もひもとけば、そんな答えを返してくれる。

全てここのこの一瞬の私を形作っている。
全てが集約されてここに在る。
過去も未来もこの一点の私の中に。

その感動と感謝が溢れて来る……





環境についての示唆を与えてくれた、ゲイリー・スナイダー
墨絵の会の山田さん、嵯峨さん
仏教やその他総じてもろもろの現象に感謝します


OLD SPIRIT/霊 古 拝*

 


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