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ちょっと恥ずかしい過去の脳内会話〜旅編3〜

■貴船の闇■DATE2004/04/05


名古屋で開かれたスピコンの後に、京都の鞍馬−貴船ラインを詣でる。
さすがに京都市内は混雑していて、鞍間に着いたのは2時とか3時くらいだったろうか。とにかく私は、数年越しの思いをこめた鞍馬行だったので、鞍馬で果ててもいいくらいに(笑)思っていた。
時間が押しているなんて感じもなく、本殿でお土産物を物色して奥の院に向かう。
結構ゆるゆるのんびり、有名な木の根道も堪能しつつ奥の院に登る。
(木の根が地面をうねっている場所というのは大体パワースポットなんだそうだ。へえ〜。聞いた話では、木の根が地面の表層でうねっていたりするのは、地面のすぐ下に固い岩盤などがあって、塞き止められてそうなるらしい。もしや、地面下に隕石でも埋もれているから、とか?などと思い巡るわたしでした。隕石とパワースポット。無くもない話だ)

奥の院では、お経唱えてみたり、瞑想してみたり、絵を描いてみたり、水晶を浄化してみたり色々やってみる。どんどん日暮れは近くなってきていたが、気にするものでもなく。奥の院から下ったのだが。が。
同道のA氏、行きの登りはこれ以上ないほどへばって、休み休み登っていたのに、あれまあ、帰り道のなんと軽やかな歩みと言ったら!
行きと別人のようじゃない。なんだよ。なんなんだよ、と思いつつ、A氏の後を追う。
なにか奥の院で、荷を下ろしたのか、それとも逆に天狗の羽根でももらったのか。
謎なひとだ。まったく。(そういえば、これと同じような話を出掛ける前日に、Bこさんに聞いたばっかりだった。彼女は逆に、神社を詣でた後に、歩けなくなったという話だった。玉置神社でのことだそうで)
で。
鞍馬を後にした一行3人は、貴船神社に向かう。
日暮れは迫るが、一向に焦る気配のないわたし。
貴船神社は、わりと小振りな感じ。手入れが行き届いている場所が持っている清々しさがあって、いい。建物は開かれた感じで、柱と屋根で構成されている見通しのいい構造。建物奥に、よくは見えなかったけど金属片で出来た軸のようなものが掛けてあった。
それが、とても珍しく目を引いた。あとから写真で確かめると、金属で出来た御弊のカタチのものが軸の上から突き出ていて、なんじゃろう?という形態だ。あんまし、神社に詳しくないんですけど、これなんですか?

湧き出ている御神水を汲んだりしつつ、一通りお参りして、A氏おすすめの奥の宮に行く。車で2〜3分???
ここでメインディッシュ?の墨絵のパフォーマンス。かな?
すでに日暮れは押し迫り、あたりに闇が迫ってきている。奥の宮に人気はなく、社と奉納舞いの舞台とがらんとした「場」が広がっているだけ。左手に山が迫り、場を木々が取り巻いていて、川のせせらぎだけが聞こえている。

夕闇とおいかけっこするように、急いで墨絵の道具を広げて、描く。
春の闇は素早かった。
すぐに追い付かれて、だんだん手元が見えなくなってくる。
4月の京都の山の中はまだまだ寒く、手も冷えきって思うように動かない。 紙を扱う手が強ばっている。
それでもどうにか9枚描きあげて(また9枚。気が付いたら…っていうか、家に戻って数えてみたら9枚だったという…別にあわせたわけじゃないんだけど、沖縄で描いた枚数と同じなのです)大急ぎで撤収。
暗い。
もう、道具もなにもよく見えない。道具のかたし残しがないかも確かめられないくらい暗くなってきている。半紙をたたみ、下敷きと新聞紙、筆をしまい、水の始末をして、鞄に道具を詰める。
山の影がすでに日が暮れた事を教えていた。濃い闇の中に、灯篭の明かりだけが点々と浮かんで、遠くに続いている。
道具を運ぶために、何回か闇の中を行ったり来たりしていると。
なんだか頭がみょ〜な感じになってきた。
 ここの闇はおかしい…
なんだか足元もふらついているような、酩酊感がある。
 闇に酔っている…
現実観がまったく無くなっている。歩きながら、なにがなんだかよく分からない。
いや、分からないことはないけど。けど…何か、歩いている自分が、歩いているという感じがしなくて。全然。足を動かしてるのに、歩いてる感じがしない。
それこそ、雲のうえでも歩いているような…
 なんだろう、これは…
闇の中に浮かぶ灯篭の明かりも、非現実的で、まるで…この世のものでは無い、そう、冥界へ続く明かりの列のようだ。思考能力も低下していて、感覚が麻痺している。
闇に対する恐怖は一切無い。
むしろ、この闇の中にずっと居てもいいくらいだ。 
この状態で、ひとりでほっておかれても大丈夫だろうと思っている自分がいる(置いていってくれ)。
 …貴船の闇は、人を酔わせる。

奥の院を後にした車の中で、貴船で丑の刻まいりがなされるのは、この闇のせいではないだろうか、などと考えた。あの闇は、丑の刻まいりなんて非現実的なことをやってのけるくらい、どーでもよくなっちゃうんだ。そんな事を考えた。
車はどんどん貴船から遠ざかる。
あの闇を思い出すだけで、なんと涙が出てくるじゃないか。(すでに、かなり素っ飛んでいる状態のわたし)闇に心だけ置き忘れたか、持っていかれたか。そんなことはどうだっていい、あの闇をどうにかしてくれ。どうにかしてくれじゃなくて、帰りたくない、あの闇にもう一度浸りたい。ひたりたい。。。満月がさらに拍車を掛けた。激しく突き動かす何かが心の表層に出てきて、殆どパニック。
高ぶる感情が押さえられない。満月のせいだけではない……いったいなんなんだ。あの闇は。 

というところでA氏が神社の御神水のところに水晶を忘れてきたことが発覚して、神社にUターン。どうせなら、もう一回奥の宮まで行こうという話になって、水晶を回収した後、奥の宮まで戻る。
先程と同じ闇があたりを取り巻いている。
冥界へ続く灯篭の明かりもそのまま。
川のせせらぎ。
木の影。

一行その闇にくるまって、ティンシャと鈴を鳴らし、一時間ほど歌ったり踊ったり。
奉納の歌と踊りでしたね。神様がよろこんんでいたかどうかは知りませんが。

まあ、そんなことをしていたらすっかり帰宅が遅れて、次の日になってしまいました。
A氏、運転どうもご苦労さまでした。
とっても楽しかった。
沖縄とは全然違う『闇』に、すっかりやられた鞍馬−貴船の旅でした。

貴船
写真提供 響野まりん

※おまけ※
京都は東京よりも春が遅かったらしく 、行ったときは 桜が盛りで。
むおおお〜(雄叫び)帰り、闇の中に浮かんでは消える桜を見ていたら、これまた行ってしまいそうな気分に。
闇と桜。
なんて人を酔わせる組合せなんだろうか…
桜だけでもあれだけ人を酔わせるのに、春の闇ときたら。
抵抗できないね。まったく。



= O L D  S P I R I T 企 画 =
謝謝!!

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ちょっと恥ずかしい過去の脳内会話〜旅編2〜

■ある冬の日の『まんだらや』那須道中レポ■2003/12/20深夜〜早朝

※折しも冬至が22日、新月が23日という、エネルギーの変わり目に起こった出来事。
(まんだらや、というのは、チベット密教の法具や曼陀羅、仏像の販売、他に瞑想会やらかんやらなメディアミックスコラボレーションなお店です)

一行5人、那須のまんだらや道場に護摩修行のためでかけた時のことです。

始まりは、まんだらや店主小林宗峰さんの事故のビジョン。
ネガティブな内容のことなので、一生懸命打ち消したそうです。で、一行はそんなビジョンのことなど知りもせず(お気楽に)高速も過ぎて、那須の田舎道にさしかかった時のこと。
寒波襲来で、那須はすでに雪。というか、雨があったのか、路面凍結で乗った車がスリップ事故おこしました。
あっというまのことで、スリップしてるなあ、止まらないぞ、あれ、道の端までまで来ちゃった、あれあれあれ。がったん。
で、2メートルほど下の刈り入れ後の田んぼに横転。
いつの間にか窓がおしりの下になっていて、見上げると空。
車は、片側しか扉のないバンで、扉の側を下に横転したので、車の中から出られなくなってしまいました。
車中は前席に小林さん、Oさん、中部座席にわたしとY子さん。後部座席にKさんの5人。車が横転する瞬間、思わず手を延ばしてY子さんを支えようとしたけど、自分もひっくりかえる途中なんで、無駄な抵抗でした。でも誰一人、かすりきずひとつ、あざのひとつもない状態で。
あらあ、事故おこしちゃったみたいだよ、って感じの(呑気)な車内。
情況を確認してみると、身動きがままならないこと、買い込んだ2日分の食料が散乱している他は無事の様だ…?でもない。。。後部座席に仏像やら曼陀羅が多数積んであったが、それが座っていたKさんに降り積もっていた。「…大丈夫です」けろりとしている。なんて鷹揚な人だ。
大体これが、夜中の2時くらい。
一応運転手側の扉だけは開くので、脱出しようとすればできる。が、外は氷点下(多分)。車の中でジャフが来るのを待つことになった。
が、そんな中で時間を過ごすのはあんまり手持ち無沙汰だったもので、誰ぞ話相手になってくれないかな?と、迷惑顧みず友人のMさんに電話をして(Mさんはそのころ、深夜営業のお店に勤めていたのです)「今、車が横転して車内に閉じ込められてるの〜目の前にはお星様なのよ」って、ほんとに脳内麻薬出てませんか、の躁状態で、そんな報告をしてしまいました。電話の向こうでは呆れたようなMさんの声。そうだよねえ。
そんな事をして過ごしていると、外を車が通る音が。ドップラー効果を伴いつつ近付いてくるエンジン音。目視出来ないけど確かに車だ。
「あ、車だ」
「あ〜ほんとだ」遠ざかっていくエンジン音。。。
「あ、行っちゃった」お〜い助けて〜ここに居るの〜
遭難した船もかくや、と想われるこの情況。
そうやって立ち上がることも出来ず、散乱した荷物を背中に敷いていると、なにやらお腹が減って来て「おなかすいた〜」とつぶやくと(呑気すぎる。大丈夫かっっ)
その辺に散乱している野菜やら豆腐やらの中から、リッツを探し出してくれたY子さんが「これでも食べてなさい」「お豆腐よりはいいでしょう」
背中からは深々と外の寒気が迫って来るし。
車内は暗いし。荷物は邪魔だし。身動き出来ないし。
で、あんまし面白い状態だから、写真でも撮っておこうや、ってことになり、携帯のカメラではいちーず(携帯カメラって便利だ。。。)。
で、ジャフが辿り着いて、リアのドアから外に出たら寒いの何の。(そうだ、リアのドアがあったぢゃないか!…まあね…)
空には、細い剣のような美しいお月さまが。しばれる寒気と月と雲、ドラマはこれからだ(なんのことだ)
とにかく荷物を出して、ジャフの車に積んで(曼陀羅とか仏像。荷台に吹きさらしのすごい状態。でも、なんだか思うに、このほとけ様達、そういう経験がしてみたかったのではないだろうか、などと不謹慎なこと考えちゃったりして。
曼陀羅のひとつの軸が折れてたりしたけど、これも、折れてみたかったのかな、などと…おまけに私は曼陀羅を運ぶ時に雪にずっぽり転んで、曼陀羅が雪まみれになっちゃったんだけど、これも、「チベットが懐かしかったのかな?」…どこまでもこんな感じ)

クレーンが無いと、車は起こせないというので、ジャフの車は、私達のタクシー替わりとして事故現場と那須道場を往復。
横転した車はそのままに、道場に辿り着いた時にはすでに本降りの雪。
なんか、そんなこんなで、道場で人心地ついたのは5時くらいでしょうか。
そこでみんな無事だったってことで乾杯しちゃうところがなかなか素敵な一行で。
宴会が始まり、いやあ、ほとけ様積んでたしね、守ってもらったんだよね、ありがたいことだよね、死んでてもおかしく無い状況だったよね、これはわたしたち、一度死んで生き返ったってことだよね、再生の儀式だったんだ〜などなど、すばらしくポジティブ。
本当にそういう感じでした。なにかが生まれ変わったんでしょう。

想うは、何というか、こういう体験って妙に絆を強くする役目があったのだなということ。繋がりが強くなったのだなという感じがしたことでした。
そうして視界がすっと開けたように、全てが 起こるべくして起こっているだけのことだ、という認識が生まれました。
色々あるけれども、起こらねばならないことがおこっているだけなのだ、という風に。
だからって、現状を全て肯定してしまう訳では無いんだけど…それなりにじたばたするし、色々考えちゃったりはする、怒りもするし、悲しみもするんだけども、何か腹の部分でずしんと「そうなのだ」って思っている。
まさしく「唯識」の認識。皆が それぞれの世界の中心にいて、その世界を動かしている。
どれもその人間が起こした現象だし、そういう意味では、絶対的 [自己責任]の認識で、目の前の現実は全て[自分 の責 任]という厳しいものだけど、厳しいって考え方も、見方によってはそうでもない。
すべ て、川は川であり、山は山である…
そういうレベルにはまだまだ遠いかも しれない けど、感じます。


今日も全てのことに感謝。ありがとう。



= O L D  S P I R I T 企 画 =  

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ちょっと恥ずかしい過去の脳内会話〜沖縄の感想

■ハジめて行ったオキナワで感じたこと等々■

沖縄は女性性、胎蔵界、体、でした。
都会は男性性、金剛界、脳味噌。

東京に帰ってきたとたんに、すっと、冷静になった自分を発見しました。
沖縄にいるあいだは、脳味噌よりも、体が先に考えて反応してるような感じでした。こんなにはっきりわかるなんてびっくり。
自分は、体が恐い脳味噌人間だっていうのに、沖縄では体の感覚を研ぎすまさないと危ない。
そういうわけで、色々お勉強な沖縄でした。
以下は、オキナワを感じた私の報告です。

沖縄ではウタキめぐりをしてしまったのですが。
ウタキ=御嶽=はどういうものかと言うと、本土にそれらしいものが無いので説明が難しいのですが、祈りの為の聖域、祖先崇拝の場所、というもので、ずばり子宮です(男子禁制のウタキも在り、それは子宮だからだと)。建物のない神社という話もあります。けれど、神社というよりは、やはり子宮の形を模した空間(神社が子宮というなら意味は同じですが)、南方によくある子宮を模した墓の原形って感じでしょうか(沖縄では亀甲墓という。台湾でも同じような形態の墓を見たことがある)。
そこには【シンボル】は一切無く(宗教的なものにつきものな[建物]も[意匠]も[偶像]も何も無い)(そういう意味では、全く 脳味噌的ではない。脳の巨大化=進化=によって、人間はシンボルを操るようになるが、そのシンボルが全然見当らないという驚き)(脳化社会と呼ばれる都会の中から、正反対の所に立ったショックは大きかった)場所がぽっかりあるだけです。丸い空間を木々が取り囲み、火を焚く小さな祭壇が置いてあるのですが、それも、用に耐えるだけの石片が左右にひとつづつ。
(この左右にひとつづつというのには何か意味がありそうな気もしますが)
ここを『空間』と一言で言ってしまえば、そこは単なる何も無い空間におわってしまうでしょう。でも、感覚を研ぎすまして感じれば さまざまな情報、それも言葉や、意味化できないものが溢れているような感じです。普通に流れる時間や存在する空間の中の圧力の変化を感じよ うとしなければ 通り過ぎてしまう場所。これは沖縄そのもの。
沖縄というのは、意 識しなくてもこういう微細な感覚が研ぎすまされるところです。


亀甲墓というのは(ウタキそのものだと思いますが)妊婦が足を開いて出産する姿勢が『墓』の形になっています。そして、まさしく子宮の入り口のところに霊廟の入り口があって、供物や花を供えます。死者はその奥の子宮のところに葬られる。
まさしく死と生は同等という感じです。すごいです。
ウタキはお墓ではないので 遺骸はありませんが、もろもろの精霊や霊魂が集まる場所のような気がします。そこに立てば、体が理解するでしょう。




ニホンジンの宗教感の原風景?

沖縄の人のDNAは縄文人の血を一番色濃く残している、という話を読みました。同じように縄文の血を濃く残しているのがアイヌの人だそうです。新しく入ってきた弥生の人々に追われ、日本の南北の端に残った縄文の血。それは、日本人(という人種がいるとして)の心の原風景に一番近いものかもしれません。
ウタキに見られる宗教性は、日本人がかつて持っていた宗教性に一番近いものでしょう。頭ではなく、体のもの。感じる存在。そこには様々な精霊が存在する。そして、神と人間をつなぐ役割は、女性が担っていた。女性は体であり、生むもの、創造性。
女性の中では、分別は無くなり(分別は意味を為さない)veda的に分析すると
分別が無い=エゴがない…女性性というか『母性』とはエゴが無いもの。
そう考えると、女性性と母性では微妙なニュアンスの違いが…

全てのものはひと繋がりである(不二、あるいはワンネス、あるいは非二元論、あるいはノンデュアリスム)という認識が当たり前に人の中にあった。それが、縄文の宗教感。
言葉で説明すると、なんじゃらほい、しちめんどうくさいナントカ用語になってしまうけれど、実はそんな言葉どもも、なんら必要としない世界なのではないでしょうか。
密教では、この身体性と精神性の一体化が集約点になります<色身不二
そういう難しい集約点に辿り着くのも、もしや沖縄では簡単に成就してしまうのでは、などという想いも込めて私は沖縄を振り返っています。


= O L D  S P I R I T企 画=
謝謝!!

ちょっと恥ずかしい過去の脳内会話〜旅編1〜

■2004年2月21日土曜日■

私とA氏、Bさん、Cさん、D子さんで、沖縄で開かれる精神世界のイベント【ちゅぴこん】へ出かけた。
 
その朝、羽田に着いてA氏と落ち合うと、彼はなにやら焦点の合わない目でぼーっとしている。発熱ちゅうだそうだ。週の半ばあたりから具合が悪くなり、今日この状態。一緒に行くBさんが彼の後ろでレイキをしている。少しでもよくなればいいが。。。
 
飛行機は定刻通り出発して、15:30 那覇着。そこからレンタカー(新車のキューブ。5人でゆったり。なかなかおすすめ)を借りて、会場へ。着いたのは大体16時くらいだろうか。(←時間、A氏からチェック入る なかなか細かいんだ、彼は

すでに会場は人で賑わっており『第一回ちゅぴこん』は盛況だった。
我々も早速セッティングをしてお客を待つことにしたが、なかなか人が来ない。それでは…と、会場探索に出掛ける。私はふらふらと石のお店にひきよせられる。安いではないか!(この頃の私、石に盲目状態)。
 
後ですぴこんの小泉さんも石が安いと言って、大量に買い込んでいたという話を聞いた。なるほど、沖縄は石が安いのかもしれない。
 
で、ライトの下できらきら光る石たちを見ていたら、もう、理性が溶けてなくなり、くらくら〜ん。い…いかん、やばい、沖縄で石買ってどうする、と思いつつも押さえきれずに、るちると黄水晶、クリソコラを購入。
しかし、それでも欲望は収まらなかったらしく、後々「もっと買えばよかったー!!!!!!!!!!」と大後悔。
まあそんなふうにしてメインディッシュなちゅぴこん終了。
 
その晩は、一行のD子さんの知り合いの現地のおじさまに案内してもらって、ゴーヤーに沖縄そばにあれにこれにって、名物をたらふく食って死にそうになる。(オリオンビールは旨かった!!!)(←ビール好き)
で、飲み食いしながら、このおじさまが開発したっていうミネラル水の試飲会のようなことになり。これがまた「すごい水」ってことで一行のBさんが夢中。「これのために沖縄に呼ばれたのだ」とか言うくらい。
「へえ?そんなに?」と横目で見つつも、先日受けたチャネルセッションで腎臓の調子がよくないと言われたのを思い出す。そのとき「水を飲め」と指摘された。
今もBさんがやってくれたオーリングテストで腎臓が悪いと出る。で、この水を試したら、ぐっっと、指に力が入り筋肉YESの状態に。
えい、これも買いだ!!!!!!!!!!
もしかしたら、私はオキナワまで水を買いに来たのかもしれない!(爆)
外は雨。沖縄も寒い晩だった。
 


 
■翌朝2月22日日曜日■
 
ホテルの深層水の風呂に入ることからスタート。
海のそばだからか、ホテルの水が潮っぽい感じ。でも、これがまた、石の浄化にもってこいじゃない。ねーーーーっっっ♪(はいはい)お風呂だって、ミネラルたっぷりな温泉って感じで@@@(まったくのどかで前向きな私です
 
空は暗く雨がしとしと。
「沖縄が雨なんて〜」
と腐るわたしでしたが、滝のような豪雨にも関わらず
「晴れる筈なんだけど…」
と、強気にのたまう晴れ男と晴れ女に囲まれて
「そ、そういうものかなー」と、かすかな期待をしてみたりしてみたり。
ウワサの晴れ男、A氏もいるし。
 
しかし、ワイパーも効かないくらいの豪雨を目前にしては、わずかな希望もしぼんでしまうというもの。。。。
それでも一行は、最初の目的地…ビンヌウタキ(弁ヶ嶽ともいう)…に向う。
超・超・敏感体質のD子さん、その(くらーいおもたーい印象の)場所を一目して
「あたしここだめ」と言って、車から出ない。

 
確かに、少し陰があるような暗い印象で、そういう気持ちになるのはわからないこともない。が、その暗い雰囲気も、私には「いい感じだなぁ……むしろ、好きな暗さかも…」くらいなもんで(←この落差…わたしはニブニブなので、印象の暗さは気にしないのだ)
A氏と二人でこの聖所に踏み込んだのだが、雨の中での斜面は滑りやすく、A氏はその中ですっころんでしまい(後で聴くに、そんな場所で転ぶとまさに@&%$=#@@なものを呼び込んでしまうって話で)(要するに、魑魅魍魎のたぐいを自ら引き寄せてしまったというか……)
 
木々の影と、雨の影響で薄暗いあたりは、確かに少し重く淀んだ感じがしたけど(感じ…が『感じ』だけでは終わらなかった訳ですけども)好奇心が先に立つ私はとにかく一周。あたりはちょっとした古墳のように盛り上がっていて、それとしらずに後ろから登って前に降りたら石碑があり。なにやら女性の神様を祀ってあるようだ。そして、その前には門。しっかり施錠してある。
..........。。。(禁足の場所だったのか………も?…
 
それで、門の向こう、道を挟んだ反対側のすっきり明るい方にも行ってみると、こちら側は古墳のある方とは対照的に開けていて、風も通り、感じがいい。私はオキナワまで連れてきたトーキングスティック(ネイティブ・アメリカンのスピリチュアルな道具)を手に振りながら歩き回わる。
 
歩いているうちに、さっきまでの豪雨も上がりかけてきて(あの豪雨が!)
風も気持ちよく吹きはじめ。
古墳の暗さに引きずられそうな気分を晴らしてくれるかのようだった。
そんな感じでウタキを後にしたが、車に戻ったわたしを見て、D子さん「元気ない」の一言。(この一言がヒジョーに効いた)
「エ…………………」
  もしや…あの場所の陰の気が体に付いてきたっていうの??
そんな風に気にしだしたらもう止まらない。
気にする気持ちに引きずられて、どんどんキモチが重くなっていく。
どひゃ〜〜〜〜っっんな気分
さすがの私も学ばざるを得ないような。無謀もほどほどにしろって(汗)
あの印象の暗さはただものではなかった。直感の警告を無視して好奇心のままに行動するのもいい加減にしろ、というような…
自分の意識も、彼女の言葉にひっぱられている。体にも引きづられてる。(体が勝手に怯えている… 説明が難しいけど、体が陰の気配に反応している という感じ )
 
大体、都会は頭が勝ってるけど、沖縄は体が勝っている。もともと、体が恐い 頭脳人間の私が沖縄だったので、このような目にあうのかもしれない。感覚に目を開き、体の声を聴く、そうしないと危ないのだ。
  だったらついでに、この恐怖にフォーカスして
  恐れの枠を取り除く訓練するとかぁぁ〜〜?
(言ってるだけっス↑チベット仏教の行者じゃあるまいし)
 
 
そして、車は再び観光地を目指して走るのだが。運転手のA氏は、すぐにふらふら横道にそれたがる。運転手には逆らえない。寄り道することになる。そうすると、やっぱりまたお墓の中に入っていくんだよな〜(墓フェチ?)
私は、車を降りたA氏がどこに行くのか気になって、一緒に着いていく。他の3人は車から出ない。(そうだろうな〜……)(さっきの今って感じっっ)
 
そして今度たどりついたのはすっきり開けた海岸。
(お墓ではなかったので少しほっとする……ばかかも…)
ここはすごく気持がいい。おまけにお日さままで出てきて『ほおおお、さすが晴れ男』と感心してしまいました。(だって、さっきまで滝の様な豪雨だったんだよ???すごいよね)
 
お天気と、いい風と、開けた海岸線ですっかり気分も一新。

今度向かったのは、私がシンクロしたセーファーウタキ。
(沖縄行きが決定する前、美容院でぺらぺらめくっていた雑誌に目を惹く一枚の写真があり。それが後から沖縄のセーファーウタキだと知り、この場所に行くのだと知らされて、舞い上がったのでした)


ここはすごくよかったー☆

思った通りの場所というか
下が濡れて無かったら座って瞑想したかったくらい
(陰の気も見当らないし…苦笑)
A氏は、ここはからっぽで、終わった場所と言うが、わたしの印象は正反対。
上に開かれたパワースポットのような気がする。
人によって反応するエネルギーと反応しないエネルギーがあるんだね〜



ここでまたひとり冒険に旅立つA氏を追い掛けて
林の中をハブの恐怖におびえつつ(苦笑)丘の上へ、上へ…
そうして上りきったところに、木々の影がすっと開け
海に向かう小さな祭壇のある場所に出る。。。。

  おおおお????これは?…

祀りのための素朴な小さな祭壇…
本州生まれ育ちの私があまり見た事無いモノ

 
反対側には、円鏡が海の方向を見ていて…




『この鏡が映すものはなんだろう…?海の向こうのニライカナイか…?』
 
海はまさに、遥かな神秘の国を想わせるたたずまい。。。


感慨もそこそこに、
一行は矢継ぎ早に、神の住む島、久高島へ。
小さな遊覧船で波を蹴り蹴り海を渡る。もうこのころにはすっかり南国の青空。

  青空だよ!素敵すぎ!穏やかな風!気持ちいい!オキナワ〜♪

そして、この島でちいさな出会い。

 
歌を歌いながら一人で旅をしているという正体不明の(?)おんなのこ。
てっきり現地人かと思うくらい島に馴染んでる。
めぐみちゃんという名前だけれど、あちこち回っているので、めぐる、と呼ばれているという、不思議なこ。私のトーキングスティックを見て声を掛けてきた。
何故か彼女にこの杖を触って欲しくなって、彼女に渡すと、杖を振りながら素敵な歌を歌ってくれた。
彼女はすぐに出航…というタイミングで、会った途端にさようならだったんだけれど、私と彼女は自然に抱き合ってお別れのハグ。それも長々と。映画のシーンのような別れでした。なんだったんだろう?なんか深いご縁があるこなのか?
周りで見ていた一行にも、不思議なはぐはぐだったらしく
「大丈夫、また会えるよ」
とか慰められたし(汗)…なんじゃらほい…
(オキナワは何か、こういう不思議な贈り物をくれる場所のようだ。彼女と私は、あの島で会うべくして会った。そういう気がしている)
 
久高島は本当にいいところだった。
ここまで来て、すっかり島に浸って馴染んで繋がって帰りたく無くなる。
南の島の風と匂いが頭の真を痺れさせてしまった様。。。

  時間が止まっている…。ぽっかりと。脳内時間も停止…。

 
全島民300人くらいの過疎の島だけれど、昔は神女の祀り=イザイホーで知られていた信仰厚い島という。
ここでもウタキ詣。ぼろぼろのレンタル自転車をせっせと漕いで。
このウタキは男子禁制(多分他のウタキも、元は男子禁制と思うのだが)ということなので、A氏は結界らしき木から向こうには入らなかった。しかし、もうひとりの男性のBさんは気にもせずに入って、お祓いのカシワテをぱんぱん打っては歩き回っていた。
 
*******
 
ウタキは子宮なのだと思う。建物のない神社という話もある。だけど、神社というよりは、子宮の形を模した空間(神社が子宮というなら意味は同じだが)。アジアの南方によくみられる子宮を模した墓の原形という感じ(沖縄では亀甲墓というらしい。台湾でも同じような形態の墓を見たことがある)。
そこには【シンボル】が一切無い(信仰祀り宗教につきものの建物意匠偶像何もない!そういう意味では、全然【脳味噌的】でない。脳の巨大化=進化=によって、人間はシンボルを操るようになるけれども、そのシンボルが全く無い)←2013/01現在の私は、脳より先にシンボルありきの思想になってるけど。知性(脳味噌)にはシンボルを理解できない。心がそれを理解する、というような。
場所がぽっかりあるだけ。丸い空間を木々が取り囲み、火を焚く為の小さな祭壇が置いてある。それも、用に耐えるだけの石片という感じのものが左右にひとつづつ。あまりに素朴。(左右にひとつづつというのには何か意味があるかもしれないけれど)
ここを【空間】と一言で言ってしまえば、そこは単なる何も無い空間におわってしまう。しかし感覚を研ぎすまして感じれば、さまざまな情報、それも言葉や、意味化できないもの溢れているような感じがする。
普通に流れる時間や、存在する空間の中の【圧力の変化】を感じようとしなければ通り過ぎてしまう場所。これは沖縄そのもの。
沖縄というのは、意識をしなくてもこういう微細な感覚が研ぎすまされるところだった。。。。。。。。。。。
 
*******
 
それで、海岸に立ち寄った りしながら 島を一周(自転車で一時間もかからない)最終の船に乗り込む。
こ のころにはまた天気が崩れはじめ、風が強まってきていた。
船は向かい風の中を本島へ。
揺れる、揺れる。ビッグサンダーマウンテン〜とか訳の分からないことを言いつつ、疾風怒濤〜〜〜
 
本島に着き、次は知念城跡に行く予定だったが、相変わらずA氏が周りを探索してから辿り着こうとするので、寄り道が本道になり、知念城跡近くのレストランに辿り着く。
 
ここでおやつを食べてたら夕暮れ近くなってきて、
  この時間に行く場所じゃない>知念城跡
ということでドライブ中止。
 
ここ「くるくま」というレストランはオススメです。次回は絶対くるくまスペシャルランチを食うぞ、という決意とドリームを胸にする。
おみやげやさんで「ノニジュース」を試飲。かの*ン*ラル*ンで通販してる健康ジュース、どんなもんか買って帰ろうと思って、手に持っていたが、飲んだとたんに棚に戻す。
いわくいいがたいショッキングな味。
一行も目を回しそうな気分で、うげうげしてる。
すごすぎる、あんなものを飲んでる人がいるかっっっっ
 
このレストラン、庭が迷路の様になっていて、思わず木の影で誰も居ないのを確かめつつ、海に向かって五体投地。(やりたかったんです)<変なひと<自分
 
で、夜。さすがに疲れきっていたので、早めにホテルに引き返したのだが。
A氏が、次の日の早朝に墨絵を描きに行く場所を下見するというので、ついていく。
   …夜のウタキ…。
(ウタキの恐さはすでに体に染み込んでる)
 
ここは、階段の下で、自分の名前を名乗って重く感じるようだったら入らない方がいいという場所で、そういう場所に「夜」行ったわけだ。
CさんとD子さんも来たけど、やっぱり車の中。
私とA氏が視察。
由来のあるでいごの木の下を抜けて奥へ。A氏が「ここだ、ここ」と叫ぶ場所へ着く。
   何がここなんだろう???
と、さっぱり訳の分からない私。
で、車に帰ったA氏が「すごく深刻な顔になって帰って来た」と言われていたから「え〜っっ?私は?」と聴いたらニコニコしながら帰ってきたって。この違い。確か全然別な事を考えていたような。よく覚えていないが。
ホテルに戻る車中、A氏が「暑くない?」と言い出し。
こっちは「へ?何がよ?」
私なんか、寒気に近い思いしてたってのに。歯ががちがち(多分、体が拒絶反応起こしてたんだよね。もうこれ以上行きたくないってふう)
で、ホテルに戻って、墨をする手伝いをしてから寝る。
この手伝いも最初は「めんどー」とか思ってたが(すみません<A氏)
D子さんに、手伝わなくていいの?と、何回も肩を押されて、手伝いに行った感じ。
 
 
■で、翌2月23日早朝■
まだ真っ暗。
起きるのやだ〜と思って、このまんまパスしちゃおうかな〜と思ってぐずぐずしてたら、またもやD子さんが来て、時間だよ、って起こしてくれるわけ。
  D子さんって何者〜〜〜
で、仕方なく(すみません)出かける。寒い。風強い。描けるの?ほんとに?
って思いながら隣のA氏を見ると、苦しそう。
「3時くらいに熱のせいで目がさめちゃって、それからいろいろ神様に聴いていた」
んだそうだ。ふぅ〜〜〜〜ん。
(注/A氏の熱は大分良くなってきていた>要するにまた上がっちゃったわけ)
ミネルバ様?って聴いたら、違う、って言う。オキナワの神様、なにがしとなにがし、と言っていた。聞いてもわかなんないから耳がスルー。
で、「これから沖縄を開きに行く」と言う。なんのことかさっぱりなわたし。どうやら、ここの神様にこうしろああしろと指示を受けたらしい。
この神事をやれば、天と地が繋がって、地上にいた諸々の霊が上に上がっていける、ということだそうだ。A氏の熱も下がる筈だそうだ。
で、わたしもセットでこの神事に参加ってことらしい。
D子さんは来ないのか、ってA氏が言うのね。敏感体質の彼女が来るわけないっしょう。彼の思惑としては、彼女に下でサポートして欲しかったらしい。
で。まだ真っ暗な中(6:30くらい)そのウタキの下に立って、塗香を塗り、名前を言って、入る。
奥の聖域まで行って、挨拶。ニ礼柏手三回。
墨絵の為のお道具を広げて、用意万端。
 
一枚目。龍。こんなの。



二枚目、三枚目、四枚目…
風は強いけど、なんとかかんとか描き終える。計9枚。
(そういえば、ちゅぴこんで描いたお客も9人。
場所は沖縄。これもなにか意味がある数字…?)
 
神事も終了。
 
なかなか感動的というかなんというか。すっかり夜も明けきり
朝になっていた。




その辺を散策したら、竜神の塚がありました。
きっと、龍に乗って、魂が上に上がって行ったのではないでしょうか。
そんな感じ。
で、お腹も減ってきて、ホテルに戻る。
 
すると、お部屋ではBさんとD子さんが、パソコンできゅーえっくす、というセッションをやっていた。(アポロ13号で有名になった某天才科学者が発明したという波動装置)
「わたしも〜」ということで、Dさんにきゅーえっくすというのをやってもらう。
人間の体を数値で分析して、足りないものを補ったり、バランスをとったりする機械らしい。
結構面白かった。体の歪み、チャクラの歪み、菌の歪み、ミネラルバランス、ペーハーバランス、そんなものを数値化してから、足りないところの波動を入れる、みたいな。電磁波の乱れという診断には、住所の傍の鉄塔が思い当たる。菌とか、胸と首のチャクラが詰まってる、とか。いろいろありました。
 
で、最後に、今現在最も影響してる過去世というのがでてきて、これが501年アジア、男性、貧困層、という。沖縄で買った石で魂の喜ぶことをする、というメッセージつき<仕事じゃないらしい。(仕事なら分かるんだけど!)
ふえええええ?なんだかさ@@ぱり意味不明〜
 
だったんだが、時間が経つにつれ、だんだんと思い当たることが。あれか、これもか、そうだ、うん、ひとりで納得、納得、思惟。
 
コズミックともちゃんというチャネラーさんに視て(診て)もらった時に、過去世で石版掘ってた時の痛みが、左肩に出てきていると言われたあれが?
『石…それに、沖縄ということは、私にとっては「中国」ってこと…』
今回最後の観光地巡り、首里城を歩きながらそんなことにずっと思いを馳せていた。
その人は中国で石版掘っていたんだ。。。名前が分かればいいなあ、と思ってたけど(オキナワにいる間に分かりそうな気がしてた)ダメでした。
この日は風が強くて、帰りの飛行機は大丈夫か、と危惧したけど、20分ほどの遅れだけで東京に向かうことができた。
飛行機の中でうとうとしてた時に色々夢を見る。
でも、今思い出せるのは、台風の目のようなまあるい雲の隙間を横から見てるシーンだけ。
隙間の中心にも、小さな雲の塊。
 
そうして、寒い東京に着いたら、窓の外にめちゃくちゃきれーな富士山。
『ああ、幸せ』
最後に富士山。伊勢に行った時に見ることができず残念だったけれど、今回願いがかなった…
というわけで、沖縄ツアー終了。
 
= O L D  S P I R I T 企 画 =

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「勇気と信頼」のこと

■ 勇気と信頼 ■ DATE 07/02/09


OLD SPIRITでは、おみくじのメッセージを送る時
「勇気と信頼と共に」と、しめくくる。


勇気と信頼については、自分の中での意味はハッキリしているけれど、
あまりそのことについて、人に説明したことはない。。。

勇気と信頼。



いつのころからか、なにかにつけこの言葉が浮かんで来ていた。
それは、内在するサムシンググレートからの贈り物であったかもしれない。


人は、自分自身に向き合う時に、とても大きな勇気がいる。

見たくない、内側にざわめいているさまざまな感情。

怒りや悲しみ苦しみ孤独感。。。

それらを観る事に、どれだけの勇気がいることか。



その「判断」こそが心を苦しませているのでは…?
  これは、自分の中に在ってはならない感情
  いけないこと、許せないもの…
自分で自分をジャッジする。自己否定の根っこ。
自分の根にある感情に気づかず日々を過ごしてしまって、傷が肥大化してしまう。
表面的な『否定』に捕われ、それをまた、否定する。
否定的なものはいけない、というジャッジ。否定に否定を上塗りしていく。
自己否定のジャッジは果てしない。
そのひとつひとつに光を当てて「観る」ことは、本当に勇気のいる事。

最初は、判断を捨てる事に焦点を当てて、色々考え込んだ時期があった。
そこで、『禅』の、「無分別智」ということを知り。
全ての事柄を「ジャッジ」分別しない。

  あってあるがごとし、ありのまま
それを身に染み込ませて行く過程を経て。

少しずつ、自己ジャッジ、分別否定の世界から身を放していくようにした。
でも、人間の中には、澱のように、さまざまな感情が癒されずに残っているのも事実で。
そうしたことから、ひとつひとつ感情を癒していくよりも、今観じていることにスポットを当て、それ自体として受け止めるようにした。
分別して分離してして、切り刻まれた自分というものを、「今」、という瞬間に
統合していこうという作業。



なによりも、今、から離れない。

それをするにの、一番必要だったのが、

「勇気と信頼」だった。

自分の中に踏み込む、踏み込んで踏み込んで、底の底まで自分を観じてみる。



そうすると…

自分というものは存在していないという事に、
仏教の教える「無自性」に気づく。


自分というものは、在って無きもの。
でも、無いわけではない。
でも、在る訳ではない。



知る、ということの奥の奥のそのまた奥を掘り起こすと、
そこにあるのは光なんだ…と。

まだ私は到底そのレベルにはいないけど。
でも、その微細なレベルにあるのが、光なのではないだろうか、ということを
なんとなく感じる。


古来の、行者たちは、このレベルに達そうと、さまざまに行をしてきたと思う。
でも、今の時代に、そんな行は不要に思われる。。。

ただ、自分から逃げずにそこに踏みとどまること。


そして、それを微細に微細に細かくしていくこと。


最終的に、魂の自由を得る、自由を悟ることが
物質次元に居る意味だとも思っていて。。。。。

いや、いつの時、どの場所、どの次元でも
いつでも、魂は自由だった。

ただ、みなそのことを忘れている。
今という時、魂の自由なことを
ただ
普通にわかる時が来てるだけなのではなかろうか…




星形二重正四面体♪


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